
本堂の裏山の崖の上のところに、大きな栗の木があります。
たぶんこの10年くらいでグーンと大きくなったもので、ここ数年はたくさんの栗のイガと栗の実を降らせます。
あまりにも、イガや栗の実や葉っぱが大量に落ちてくるので、切ってしまった方がいいのかなぁとも思いますが、実は食べられるのでとりあえずは今年もそのままにしています。小粒ですが味はわりと甘いです。
坊守は毎朝大量の栗の実とイガを拾うので、腰痛になってしまいました。
そんな栗もここ2,3日、あんまり落ちてこなくなりました。
だんだん秋が深まってきているんですね。



伝恵心僧都御筆「三方正面阿弥陀如来絵像」です。高田専修寺(越前)の真教上人から息男と共に下付されたと寺伝にあります。いわゆる「方便法身尊像」ですが、本願寺教団以外では結構後の時代まで、「三方正面阿弥陀如来」(どの方向から拝んでも正面に見える)と呼んでいたらしいです。
こちらは紙本着色のものです。
「南無阿弥陀仏」のお名号ですが、よく見ると筆書きのものではありません。さらに、かなり古いものを裏打ちしなおして表装してあるようです。道場の本尊としてかけられていたものでしょうか。下から拝んでも真正面に見えるようにか、上に行くほど文字が大きくなっています。
インドと中国の高僧を描いたものと思われますが、古くて横の札名が読めません。岡崎「妙源寺」様に伝わる、光明本尊(3軸で1揃のもの)などと同種のものかと思われます。仏光寺系などで使われていた、1軸の大型の光明本尊を切り取った可能性もありますが、背景に光明がないので、元来これだけで単独の絵像と思われます。誠照寺史によれば、「往古九高僧なる連座御影を使用した形跡がある・・・、道性如覚の没後光明本尊別開きの絵系図流行を見た当時として・・・云々」とのことなので、三河の専海系の流れを汲む門流などでは、日本の高僧図とインド中国のこの高僧図を別軸として、名号軸と3軸で1セットとして使われていたと思われます。

